病気や不慮の事故などで、どうしても最期に伝えたい想いがある。けれど、もう自分では筆を執ることができず、公証人を呼ぶ時間もない……。そんな極限の状況で認められているのが「死亡危急時遺言」です。
一般的には「危急時遺言」や「絶筆遺言」とも呼ばれます。本記事では、危急時遺言が必要になる具体的な状況から、なぜ通常の遺言では間に合わないのか、証人の選び方の注意点、専門家に依頼するメリット、そして作成の流れや家庭裁判所での手続まで、一般の方にも分かりやすく解説します。
目次
死亡危急時遺言とは、病気などの理由で死期が迫っている人が、通常の方式(自筆証書遺言や公正証書遺言など)で遺言を作成できない場合に認められる、特別な方式の遺言です(民法976条1項)。
この制度の目的は、遺言者の最終的な意思を尊重し、遺言を作成する機会を逃さないようにすることにあります。通常の遺言よりも要件が緩和されているのが特徴です。
危急時遺言は、すべての方が利用できるわけではありません。法律上、「疾病その他の事由により死亡の危急に迫っている」状態であることが要件とされています。では、具体的にどのような状態であれば危急時遺言の作成が認められるのでしょうか。
次のような状況にある方は、危急時遺言の作成を検討すべきといえます。
・入院中に容体が急変し、余命が数日以内と医師から告げられた場合
・末期がんや重篤な疾患により、呼吸補助装置を使用するなど、身体の自由が著しく制限されている場合
・交通事故や労働災害などで重篤な外傷を負い、手術後の集中治療室(ICU)に収容されている場合
・脳梗塞や脳出血により半身不随となり、自ら筆記することが困難な場合
・認知症が進行し、遺言能力(意思能力)がいつ失われるか分からない状態で、かつ公証人を呼ぶ余裕がない場合
「死亡の危急に迫っている」かどうかは、客観的な医学的所見に基づいて判断されます。単に「高齢で体が弱い」というだけでは足りません。担当医師の診断書や病状説明書により、生命の危険が切迫していることが客観的に示される必要があります。
また、遺言を作成するためには「意思能力」が必要です。意識がない、あるいは認知症等により自分の財産や相続人を理解できない状態では、有効な遺言を作成することができません。体力が低下していても、意思能力が保たれている間に速やかに作成することが重要です。
「そもそも公証人に来てもらって公正証書遺言を作ればよいのでは?」と思われる方もいるかもしれません。しかし、危急時遺言が必要になる場面では、公正証書遺言の作成が現実的に不可能なことがほとんどです。その理由を以下に説明します。
公正証書遺言を作成するためには、遺言者本人が公証役場に出向くか、公証人に出張を依頼する必要があります。公証人の出張依頼は事前に申し込みを行い、日程を調整したうえで訪問してもらう手続きが必要です。容体が急変した場合や、すでに余命わずかな状況では、こうした手続きを踏む時間的余裕がないことが少なくありません。
公正証書遺言は、遺言者本人が内容を確認し、署名・押印することが求められます(民法969条)。病状が進行して手が動かせない、意識が朦朧としているなどの状態では、この要件を満たすことが困難です。
自筆証書遺言は、遺言者が全文を自分で書かなければなりません(民法968条)。重篤な状態では筆記自体が不可能なことが多く、利用できません。
このように、通常の遺言方式では対応できない「最後の局面」のために設けられた緊急措置が、危急時遺言という制度です。
この遺言を有効にするためには、以下の要件をすべて満たす必要があります(民法976条1項)。
① 死期が迫っていること
疾病その他の事由により、死亡の危急に迫っている状態でなければなりません。
② 3人以上の証人の立会い
遺言の際、必ず3人以上の証人が立ち会う必要があります。
③ 遺言の趣旨の口授
遺言者が、証人の1人に対して遺言の内容を口頭で伝えます。
④ 証人による筆記と読み聞かせ
口授を受けた証人が筆記して、遺言者及びほかの証人に読み聞かせ、または閲覧させます。
⑤ 証人の署名押印
証人全員が筆記の正確なことを承認して署名押印します。
危急時遺言の作成にあたって、特に注意が必要なのが「証人の資格」です。「家族や親族に証人になってもらえばよい」と考える方が多いのですが、これは法律上認められていません。
民法982条・974条により、以下に該当する方は証人になることができません。
・未成年者
・遺言者の推定相続人(配偶者、子、孫など法定相続人となる人)
・推定相続人の配偶者および直系血族
・遺言によって財産をもらう受遺者(例:「○○に自宅を遺贈する」と書かれた場合のその○○)
・受遺者の配偶者および直系血族
この規定の趣旨は、遺言の内容に利害関係を持つ者が証人になることで、遺言者の真意が歪められたり、後から「あの遺言は本人の真意ではなかった」と争われることを防ぐためです。配偶者や子といった相続人が証人となった場合、その遺言は無効となるリスクがあります。
特に見落とされがちなのが、「遺言によって財産をもらう予定の人(受遺者)」も証人になれないという点です。たとえば、「特定の友人に財産を遺贈したい」と考えている場合、その友人を証人にすることはできません。遺言の内容を確定させる前に、証人として誰を手配するかを慎重に検討する必要があります。
親族が証人になれないと知った方の中には、「それなら入院中の病院の医師や看護師、ソーシャルワーカーなどに証人をお願いできないか」と考える方もいます。確かに、病院関係者は遺言者の相続人でも受遺者でもないため、法律上の資格としては証人になることが可能です。
しかし実際には、病院関係者が証人を引き受けてくれるケースはほとんどありません。医師や看護師は本来の業務(医療・看護)に専念する立場であり、遺言の内容をめぐる相続人間のトラブルや、後の訴訟で証人として呼び出されるリスクを病院側が懸念するためです。職員が患者の遺言の証人になることを組織として断るよう方針を設けている病院・施設も少なくありません。
仮に証人を引き受けてくれる病院関係者がいたとしても、後述するとおり証人は遺言の作成後に住民票(又は戸籍附票)を裁判所に提出しなければなりませんから、その段階で個人情報を理由に提出を断られれば、せっかく作成した遺言が無駄になる危険があります。
そのため、「親族には頼めない、病院関係者にも断られた」という事態に陥らないためにも、弁護士に早めに相談し、証人を確保しておくことが不可欠です。弁護士であれば、証人を務めることへの法的・倫理的な問題はなく、またこうした場面に慣れているため、迅速かつ確実に対応することができます。
危急時遺言の作成は、手続きの複雑さや時間的プレッシャーから、弁護士などの専門家に依頼することを強くお勧めします。その具体的なメリットを解説します。
前述のとおり、相続人や受遺者は証人になれません。急な事態でも弁護士に依頼すれば、弁護士自身や事務所のスタッフが証人を務めることができ、証人の確保という最初のハードルを確実にクリアできます。
危急時遺言は、後の家庭裁判所での遺言確認審判や、最悪の場合には遺言無効確認訴訟で争われる可能性があります。弁護士は有効な遺言を作成するためのノウハウを持っており、口授の方法、録音・録画の実施、医師からの病状確認など、後から遺言の有効性が争われても対応できるよう証拠を整えながら手続を進めます。
危急時遺言は、作成後20日以内に家庭裁判所に遺言確認審判を申し立てなければなりません。この期限を守らなければ、遺言が効力を失う可能性があります。弁護士に依頼することで、この重要な期限の管理と申立て手続きを任せることができます。
どの財産を誰にどのように分けるか、という遺言の内容は、いざというときに口頭ですらすら説明できるものではありません。事前に弁護士と相談しながら草案を作成しておくことで、遺言者が遺言内容を口授しやすい状態を整えることができます。
入院中の病室に証人3名が入室するためには、医療機関との事前調整が必要です。弁護士が間に入ることで、こうした実務的な調整もスムーズに進めることができます。
何よりもまず、遺言者が遺言をできる状態なのかを確認します。意識がない場合はもちろん、脳や精神状態に異常があり、意思能力が十分でないような場合には有効な遺言はできません。そこで、医師から病状について説明を受けておくほか、後の遺言確認審判で死亡の危急に迫っていることも含めて示すために、診断書や医師による病状の説明が記載された書面をもらっておく必要があります。
次に、3名の証人を確保します。前述のとおり、親族や受遺者は証人になることができません(民法982・974条)。弁護士に依頼すれば、その弁護士や事務員が証人となることも可能ですので確実でしょう。
遺言の際、証人3名が立ち会わなければなりませんので、入院中などの場合は3名が入室することや日時などについて、医療機関と事前に調整しておく必要があります。
なお、ICU(集中治療室)などは外部関係者の入室時間の制限がある場合がありますので、スムーズに遺言作成が完了するよう、役割分担などを事前に打ちあわせしておく必要があるでしょう。
証人の一人が遺言者から遺言の内容を聞き取ります。まず、名前と生年月日、遺言を作りたいということで間違いないか確認します。そのうえで、どのような財産があるか、どの財産を誰に渡すかということについて遺言者から聴取します。
これらについて、遺言者自身が内容を説明することが望ましいですが、あらかじめ作成された草案を1項目ずつ証人が読み上げ、遺言者がその都度「はい」と頷くような方法でも認められる場合があります(最高裁平成11年9月14日判決)。
もっとも、後の遺言確認審判で遺言の有効性に疑義が生じないよう、可能な限り遺言者自身に説明してもらうべきです。この点から、危急時遺言はあまり複雑な内容にすることに向いていないといえます。
そして法律では、証人の署名押印によって遺言者本人の口授の状況を証明することを予定していますが、後に争われるのを防ぐため、口授の様子を録音・録画して状況を保全するのが実務上は必須です。
口授を受けた証人が内容を書き留めます。書き留めた内容をその証人が遺言者及びほかの証人に読み聞かせ、正確な内容か再度確認します。
この読み聞かせも危急時遺言の有効性の要件ですから、その様子を録音・録画しておくことが必要です。
証人全員が証人の筆記した書面に署名捺印して完成させます。署名押印は、念のため遺言者の面前で行うことが望ましいとされています(最高裁昭和47年3月17日判決参照)。なお、遺言者本人の署名・捺印は、体調を考慮して要求されていません。
ここまで述べた要領で遺言を作成しても、それだけで終わりではありません。作成後、20日以内に家庭裁判所に遺言確認審判を申立て、審判を受ける必要があります。
遺言者の死亡後は、相続開始地(死亡した場所)の管轄家庭裁判所(家事事件手続法209条1項)、遺言者の生存中は遺言者の住所地を管轄する家庭裁判所(家事事件手続法209条2項)に申し立てます。
申立権があるのは、証人の一人または利害関係人(相続人、受遺者など)です。
収入印紙を貼付し、予納郵便小切手を同封します(具体的な金額は管轄家庭裁判所に確認します)。
・申立人が利害関係人である場合、利害関係を証する資料
・遺言者の全部事項証明書
・証人の住民票または戸籍附票(マイナンバー記載のないもの)
・診断書写し等遺言時における遺言者の病状がわかるもの
・遺言書写しまたは遺言書検認調書謄本写し
・委任状(代理人が申し立てる場合)
遺言確認審判において、裁判官は遺言が遺言者の真意に基づくものかどうかを判断します。そのために、遺言作成時の状況を説明する証人の陳述書や、その状況を記録した録音・録画の提出を求められることがあります。また、家庭裁判所調査官が遺言者を訪れ、意思能力や遺言内容を確認することがあります。
これらの調査のうえ、当該遺言が本人の真意に出たものであることの一応の心証が得られた場合、遺言確認審判を出し遺言が有効なものと認められます。
もっとも、本人の真意に出たものであることの一応の心証を確保するに過ぎないため、後に遺言無効確認訴訟などで、遺言の有効性が争われる可能性はあります。
遺言作成後の遺言者の状況によって、その扱いは異なります。
もし遺言者が回復し、自筆証書遺言や公正証書遺言といった「普通の方式」による遺言ができるようになった場合、この危急時遺言は、そこから6か月間生存すると効力を失います。危急時遺言は普通の方式による遺言ができない場合に例外的に要件を緩和したものであり、そのまま放置すると紛争の原因となる恐れがあるためです。
そのため、この場合は普通の方式により遺言を作成しなおす必要があります。
遺言者が亡くなった後は、家庭裁判所で検認の手続を経る必要があります。遺言確認審判は、遺言が本人の真意かどうかをチェックするものであり、遺言書の偽造・変造を防ぐための証拠保全としての検認とは異なる目的を持つ手続だからです。
危急時遺言は、通常の遺言作成が困難な状況に置かれた方の「最後の意思」を法的に守るための重要な制度です。しかし、その手続きは複雑であり、証人の資格制限、20日間の期限、遺言確認審判など、一般の方だけで対応するにはハードルの高い場面が多くあります。
特に重要なポイントを整理すると、次のとおりです。
・死期が迫っており通常の遺言作成が困難な状態にある方が対象
・公正証書遺言は時間的・身体的制約から利用できないことが多い
・相続人・受遺者・その家族は証人になれない(親族に頼むことはできない)
・作成後20日以内に家庭裁判所への申立てが必要
・専門家に依頼することで、証人の確保・有効性の担保・期限管理が確実になる
「死期が迫った時の最後の言葉」を法的に有効なものにするためには、非常に厳格なルールと期限があります。一つでも誤ると、せっかくの遺言が無意味になってしまうこともあります。ご家族や本人が危急の状態になる前に、あるいは容体が急変した際は、できる限り早く弁護士などの専門家にご相談ください。
このコラムの監修者

弁護士法人紫苑法律事務所
福田 大祐弁護士(兵庫県弁護士会)
神戸市市出身。弁護士法人紫苑法律事務所の代表弁護士を務める。トラブルを抱える依頼者に寄り添い、その精神的負担を軽減することを究極の目的としている。
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