あるはずの預金が生前に引き出されている
このページの目的
遺産にあると思われた預金が生前に引き出されている場合、それは遺産分割協議でどのように扱われるかを解説します。
以下のような事例を考えます。
相談者は50代女性。
父が数年前に亡くなってから、80代の母は兄の家族と同居して暮らしていました。
その母も、数年前から認知症を患い、先日病院で亡くなりました。
生前、貯金が2000万円ほどあると母からは聞いていましたが、亡くなったあと母の口座を確認すると1500万円しか残されていませんでした。
兄が母の通帳とキャッシュカードを預かっていたので、差額の500万円は兄が引き出したことが疑われます。
預金口座の取引履歴を調べてみると、どうみても本人によるものと思えない死亡直前の預金引き出しが見つかることがあります。死亡日の1週間ほど前から、毎日50万円(1日の引き出し限度額)ずつATM経由で引き出されているケースなどが典型例です。
生前の預金引出し額を確認する方法
前提として、生前の預金の引出しがあったかをどのように確認すればよいでしょうか。
通帳の内容を確認する
生前の引出しを確認するいちばん簡単な方法は、被相続人がもっていた通帳の記帳内容を確認することです。
生きているうちは常にお金がかかりますので、少額の引出しや引落は出金としてたくさん記録されていると思います。チェックするのはまとまった金額の出金です(それが具体的にいくらかは、その人の生活レベルによります)。
ですので、まとまった金額の出金がないかをチェックします。
しかし通帳は、最後まで記帳すると繰り越されて新しい通帳に切り替えられますので、亡くなった時の通帳から繰り越し前の引出しは分かりません。亡くなるずいぶん前から疑わしいのであれば、繰り越し前の通帳も確認する必要があります。
また,長い間通帳の記帳をしていなかった場合、合計記帳(いくつかの入出金が、合計金額でまとめて1行で記録される)されている場合があるので注意です。
繰り越し前の通帳を確認したいのに手元にない場合、合計記帳がある場合は、以下のように被相続人が口座を保有していた金融機関に、取引履歴の開示を求めます。
取引履歴を取得する
戸籍謄本等によって相続人であることを証明すれば、金融機関は被相続人の口座の取引履歴を相続人に対して開示しなければいけません。
これは自分が相続人でありさえすれば、他の相続人の同意がなくても単独で請求することができます。(最高裁平成21年1月22日判決)
どの銀行でも、過去遡って10年程度は取引履歴を取り寄せることができます。
ただし,金融機関によっては,相続時点で現存していた口座の取引履歴は開示しても,生前に解約済みの口座は開示しないところもあります。
残高証明書ではわからない
遺産分割協議の際、通帳を管理している他の相続人から、通帳自体を開示する代わりに金融機関の口座残高証明書が出されることがあります。
しかし、これは相続開始日という1時点だけの残高を証明するものでしかなく、その前後の引出しは残高証明書だけでは分かりません。
生前に疑わしい引き出しがされた可能性がない場合は、残高証明書だけでも遺産分割協議にこと足りるのですが、その可能性を見過ごしてしまう可能性があるので注意が必要です。
誰が引き出し、誰が使ったかが遺産分割に影響する
通帳や取引履歴を確認した結果、まとまった金額が生前に引き出されていることが確認できたとして、それは遺産分割にどのように影響するでしょうか。
生前に引き出されていたとしても、引き出した人が誰かまでは通帳や取引履歴の記載からは分かりません。
今回の事例の場合、本来遺産として残されたはずの500万円を兄が引き出したかもしれないとのことですが、誰がどのような目的で500万円を引き出したかによって対処法が変わってきます。
これには以下の4パターンあります
預金を引き出した人 | 引き出したお金を使った人 | 何が問題になるか? |
---|---|---|
被相続人 | 被相続人 | 被相続人の自由なので問題にならない |
被相続人 | 第三者 | 第三者に対する贈与・特別受益の問題 |
第三者 | 被相続人 | 引出しに対する被相続人の承諾の問題 |
第三者 | 第三者 | 第三者の不法行為または不当利得の問題 |
- 被相続人が引き出して、被相続人が使った
- 被相続人が引き出して、第三者が使った
- 第三者が引き出して、被相続人のために使った
- 第三者が引き出して、第三者のために使った
- 被相続人が引き出して、被相続人が使った場合
生前のまとまった預金引き出しが、被相続人本人によるものであり、かつ本人が使ったのであれば、遺産分割において特に問題にはなりえません。生きている間は被相続人本人の財産であり、どう使おうが本人の自由だからです。
被相続人が引き出して、第三者が使った場合
被相続人が引き出したお金を、相続人のうちの1人が受け取ってそれを使っていた場合はどうでしょうか。
この場合は、受取ったお金が当該相続人の特別受益にあたらないか検討します。
婚姻・養子縁組のため、あるいは生計の資本として、被相続人が生前に特定の相続人に対して贈与した財産のことを「特別受益」といいます。
これは相続分の前渡しとしてみなされ、遺産分割協議の際に相続財産として加えることで公平に遺産分割ができます。
事例の場合で考えると、仮に兄が生活が苦しいために、母から生活費として500万円の贈与を受けていた場合は、相続開始時に残っていた1500万円に生前贈与された500万円を上乗せ(特別受益の持戻し)した合計2000万円を、相続人間で分割します。
2000万円を2分の1ずつ分割すると1000万円ですが、お兄様は既に500万円の生前贈与を受けているので、残りの500万円だけ相続できることになります。
そして残りの1000万円の預金を相談者が相続で受け取る、というのが基本的な構図になります。
注意すべきは、仮にお兄様が500万円の生前贈与を受けていたとしても、お母様が「この500万円の生前贈与は遺産分割の際に考慮しないよう」意思表示していた場合)には、上記のような計算はできません。
これを、「持戻し免除の意思表示」といいます。
本人以外の第三者が引き出して、被相続人のために使った場合
第三者が被相続人の預金を引き出していても、被相続人のために使われたならば、被相続人の承諾があったと言える場合が多いでしょう。
仮に、判断能力や健康状態の面で被相続人がそのような承諾ができなかったとしても、引き出したお金が被相続人のために使われたなら、引き出しには被相続人の推定的承諾があったと考えられます。
この場合の第三者による引出しは、被相続人が自分で引き出すのを代行しただけともいえ、遺産分割協議において問題になることはありません。
なお、引き出された金額が使われずに残されている場合があります。
葬儀代などが足りなくなることを予想して、第三者が亡くなる前に引き出されて一部を使ったものの、残りを第三者が保管している場合などです。
もしこのようにして引き出されたお金が別の形で残されている場合は、残されている残額は遺産として処理するのが通常です(民法906条の2)
本人以外の第三者が引き出して、第三者のために使った場合
いちばん問題となるのは、被相続人の許可なく相続人が預金を引き出し、かつそれを相続人が自分のために使っていた場合です。
亡くなる前には気力も体力も弱っており、身内に財産の管理を全て委ねることよくありますので、こういったケースも珍しくありません。
ですが、被相続人の生前に許可なく勝手に相続人が預金を引き出すのは、第三者が盗むのと変わりません。
無断で預金が引き出された場合、被相続人は、引き出されたお金を返すか賠償するよう、引き出した相続人に請求することができます。
これは法律的には、被相続人の、引き出した相続人に対する、不当利得返還請求権または不法行為による損害賠償請求権になります。
これらの請求権を、被相続人の死亡により、相続人全員が分割して相続することになります。
引き出した人、使った人をどうやって判断するか?
ここまで見てきたように、生前の引出しの問題は、誰が引き出したか、そして誰のために使われたかが分かれ目になります。
では、それらの事実はどのように判断すべきでしょうか。
時系列と照らし合わせる
生前に引き出したことが疑われる相続人が、「自分は知らない、関与していない」といって引き出しを否定することがあります。
その場合は、
- ①被相続人が自分で引き出せる状態になかったこと
- ②当該相続人がキャッシュカードを保管していたこと
- ③他の相続人が本人財産の管理に関与していなかったこと
などの間接事実を積み上げて、当該相続人が引き出したことを証明していきます。
例えば①であれば被相続人の入院・介護の記録、②であれば引き出したATMの所在地、金融機関に届け出ている連絡先住所、などの資料を根拠にします。
引き出した人に説明を求める
次に、引き出した相続人が自分が引き出したことを認める場合、どのような目的で預金を引き出し、使ったか説明を求めましょう。
事例の場合、不足していた500万円について、兄が母の入院代などに充てたと説明し、病院の領収書などを確認できて納得のいく場合は、相続開始時に残った1500万円の預金だけが遺産であることを前提として、遺産分割協議を行います。
ここで兄が、500万円を引き出したことは認めるものの、その使い道を開示・説明しない場合、使途不明金として兄が受け取ったと推定することになります。
ここまでのまとめ
引き出された額を誰かが預かっている場合
引出額を遺産分割の対象とし、それを含めて遺産分割協議を行う(民法906条の2)
引出しされた額が被相続人本人に使われていた場合
残された金額だけを遺産分割の対象とする
引き出された額が第三者に使われていた場合
被相続人が引出し、特定の相続人が使っていれば特別受益
被相続人に無断で引き出されていれば、不当利得返還請求又は損害賠償請求
このコラムの監修者
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福田法律事務所
福田 大祐弁護士(兵庫県弁護士会)
神戸市市出身。福田法律事務所の代表弁護士を務める。トラブルを抱える依頼者に寄り添い、その精神的負担を軽減することを究極の目的としている。