葬儀費用は故人の預金から出して大丈夫?
葬儀費用はある日突然、必要になるものです。残された家族が高額な葬儀費用を用意できず、故人の預金から引き出すしかない場合もあるでしょう。
金融機関は口座を保有している人が亡くなったことを知ると、口座を凍結します。第三者が勝手に引き出してトラブルになるのを防ぐためです。ですが、口座が凍結されても必要な手続きを経てお金を引き出すことができます。
ここでは、葬儀費用を故人の預金から捻出する場合の問題と、被相続人の口座からお金を引き出すための手続についてご紹介します。
目次
被相続人の口座から引き出すときの注意点
金融機関は、基本的に相続人からの連絡を受けて、口座名義人が亡くなったことを把握します。亡くなった病院や死亡届を受理した自治体から、金融機関に連絡がいくことはありません。
つまり、被相続人が有名人で、死亡が報道になるようなケースでもなければ、金融機関は家族からの自己申告でしか知る機会がないのです。
ちなみに、特定の金融機関に名義人が死亡した事実を伝えても、他の金融機関には知らされません。
だからと言って、故人の預金を勝手に引き出すことには慎重になるべきでしょう。他の相続人から、「葬儀費用以外のお金も引き出しているのではないか」「他の口座も勝手に引き出しているのではないか」と疑いの目で見られてトラブルになるおそれがあるためです。
被相続人の口座からお金を引き出す際には、他の相続人に伝えることが大切です。
また、葬儀費用のために引き出すのであれば、葬儀費用が一目でわかるよう、領収証や明細などを保管しておく必要があるでしょう。
被相続人の口座から預貯金を引き出す方法
令和元年7月から、遺産分割前の預貯金払戻制度(仮払い制度)が創設されました。
金融機関が凍結した故人の預金は、相続人全員の同意がなければ引き出せないのが原則です。しかし、葬儀費用は亡くなってすぐに支払う必要がありますので、相続人全員の同意を取る時間がないこともあります。
しかし、遺産分割前の預貯金払戻制度により、他の相続人の同意を得ることなく、故人の預金を口座から引き出すことができるようになりました。
払い戻しは、①家庭裁判所の許可を得て行う方法と、②金融機関に必要書類を届け出て行う方法の2種類ありますが、葬儀費用の支払は緊急を要するので、①の方法はあまり現実的ではありません。
金融機関で仮払を受ける方法
故人の預金がある金融機関で、自分の法定相続分の範囲で最大で150万円まで払い戻しできます。
必要書類は次の通りです。
・被相続人の除籍謄本、戸籍謄本または全部事項証明書
・相続人全員の戸籍謄本または全部事項証明書
・預金の払い戻しを希望する人の印鑑証明書
・本人確認書類
詳しくは被相続人が口座を保有する金融機関に直接お問い合わせください。
なお、払い戻された預貯金について、払い戻しを受けた当該相続人が遺産の一部を遺産分割により取得したものとされます。
つまり、当該相続人が本来相続する金額を超過する場合、超過部分は遺産分割時に清算することが求められます。
故人の預金をおろさずに葬儀をする方法
このように、葬儀費用捻出のために故人の預金からお金をおろすことは可能ですが、必要な手続きを経なければなりません。葬儀の前ということは、遺族は葬儀に向けて慌ただしく準備をしなければならないタイミングでもあります。省ける手続きはできるだけ省きたいと考えるはずです。
そこで、被相続人の口座からお金をおろさずに葬儀をする方法として、次の2つが考えられます。
①葬儀費用の支払を繰り延べる
これは葬儀社との相談が必要ですが、葬儀社の中には、葬儀費用の分割制度を用意しているところもあります。やはり、急に葬儀費用を用意できない場合が世の中に多いのか、分割支払いに対応できる葬儀社は少なくありません。
また、クレジットカード会社と提携した葬儀費用ローンが利用できる葬儀社も存在します。
これらを利用すれば、当面すぐに葬儀費用を全額用意できなくても、葬儀を行うことができます。
②葬祭費・香典から支払う
香典は法律上、贈与の一種であり相続財産には含まれないとされています。そのため、香典から葬儀費用を払うこともできます。
また、健康保険組合などから支給される葬祭費は、葬儀の主催者に支給されるので、遺産には含まれません。
葬祭費は国民健康保険で5万円ですが、香典はどのくらいの金額のになるか予想が難しい部分はあります。
もし葬儀費用に足りなければ超過部分を遺族が立て替えて、遺産分割協議時に清算してもいいでしょう。
葬儀費用は引き出したいけど相続放棄したい場合
相続放棄は、被相続人の債務を含む財産の相続を一切放棄することです。財産よりも借金の方が高額の場合に利用されますが、財産を勝手に処分してしまうと(法定単純承認)、相続放棄ができなくなります。
では、葬儀費用を被相続人の口座から引き出した場合、相続放棄ができなくなるでしょうか。
葬儀費用は、相続債務ではありません。なぜなら、葬儀は被相続人が行うものではなく、喪主が行うものだからです。そうすると、葬儀費用の支出は相続債務の弁済とは言い難く、故人の預金を引き出して葬儀費用に充ててしまうと、相続人が自己のために使ったとみなされて、相続放棄ができなくなる可能性があります。
実は裁判例の中には、故人の預金から葬儀費用、墓石の購入費用を支払った後で多額の負債が判明した事案において、社会通念やわが国の慣例を理由に相続放棄を認めたケースがあります(大阪高裁平成14年7月3日判決)。
しかし、これは救済判例としての性格が強く、この結論を一般化するのは難しいと思われます。
したがって、相続放棄を考えるのであれば、故人の預金から葬儀費用を支出するのはできる限り避けるべきでしょう。
どうしても故人の預金に手を付けないと葬儀ができない場合は、葬儀は家族葬など最低限のものにして、故人の身分・社会的地位に不相応な葬儀費用にならない範囲で支出するのがよいと考えられます。
このコラムの監修者
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福田法律事務所
福田 大祐弁護士(兵庫県弁護士会)
神戸市市出身。福田法律事務所の代表弁護士を務める。トラブルを抱える依頼者に寄り添い、その精神的負担を軽減することを究極の目的としている。