生前贈与は、親が生前のうちに財産を特定の人へ贈与する制度であり、相続対策や子どもへの援助として広く利用されています。しかし現実には、「生前贈与は兄弟にばれるのではないか」「後から相続トラブルに発展しないか」といった不安を抱える人が少なくありません。
本記事では、生前贈与が兄弟に発覚する理由や確認方法、生前贈与が原因で起こりやすい相続トラブル、特別受益・遺留分といった法律上の問題点を整理します。生前贈与を検討している親、すでに贈与を受けた子、将来の遺産相続に不安を感じている人を主な対象としています。
「ばれるかどうか」だけに目を向けるのではなく、将来の相続人間の関係や公平性を踏まえて検討することが、結果的にトラブル防止につながります。
目次
生前贈与とは、被相続人となる親などが死亡する前に、自己の財産を無償で他人に与えることをいいます。贈与は、贈与する側と受け取る側の合意によって成立する契約であり、生前のうちに財産の所有権が移転する点が大きな特徴です(民法第549条)。そのため、生前贈与が行われた時点で、原則としてその財産は贈与を受けた人のものとなります。
これに対して相続は、人が亡くなった時点で初めて発生する制度であり、法律上定められた相続人が、被相続人の相続財産を引き継ぐ仕組みです(民法第882条)。相続では、法定相続分や遺産分割協議といったルールが適用され、相続人全員の関係性が強く影響します。
このように、生前贈与は「生きている間に財産を渡す制度」、相続は「死亡をきっかけに財産を承継する制度」という点で明確に区別されます。ただし、生前贈与であっても、内容や金額によっては相続の場面で特別受益として考慮されることがあり、完全に相続と切り離して考えられるわけではありません。そのため、生前贈与と相続の違いを正しく理解した上で検討することが重要です。
生前贈与の対象となる財産は幅広く、現金や預貯金といった動産に限られません。自宅・土地・建物などの不動産も代表的な対象であり、実家の名義変更を生前贈与として行うケースも多く見られます。また、株式や投資信託などの有価証券、事業を営んでいる場合には自社株式や事業用資産が贈与の対象となることもあります。
ただし、どの財産を生前贈与の対象とするかによって、贈与税の金額や手続きの負担、将来の相続トラブルの発生リスクは大きく異なります。不動産や株式など評価が難しい財産については、後から評価額を巡って争いが生じるケースも少なくありません。そのため、生前贈与の対象となる財産を選ぶ際には、単に「渡せるかどうか」だけでなく、相続発生後の影響まで見据えた検討が重要です。
生前贈与は、相続財産をあらかじめ減らすことで、相続税の負担を軽減できる可能性がある点から、相続対策として利用されることがあります。毎年の基礎控除の範囲内で計画的に贈与を行うことで、長期的に見れば相続税の節税につながる場合もあります。
しかし、贈与税の申告や納税を適切に行わなかったり、特別受益や遺留分の問題を考慮せずに生前贈与を進めたりすると、相続開始後に兄弟間で不公平感が生じ、深刻なトラブルへと発展するおそれがあります。相続対策として生前贈与を利用する際には、税金面だけでなく、家族関係や将来の遺産分割まで含めて慎重に判断することが不可欠です。
相続が開始すると、相続人全員で相続財産の内容を正確に把握する必要が生じるため、預貯金や不動産などについて詳細な財産調査が行われます。この調査の過程では、被相続人名義の銀行口座について、死亡前数年分の取引履歴が確認されるのが一般的です。
その結果、過去に多額の出金が繰り返されていたり、特定の時期にまとまった金額が引き出されていたりすると、「このお金は何に使われたのか」「誰が受け取ったのか」という点が問題になります。こうした不自然な資金移動がきっかけとなり、生前贈与の存在が明らかになるケースは少なくありません。
特に、介護や生活費の援助と説明されていた支出が、実際には特定の兄弟への贈与であった場合などは、他の相続人から疑問を持たれやすく、結果として生前贈与が発覚しやすくなります。このように、相続開始後の財産調査は、生前贈与が兄弟に知られる大きなきっかけの一つとなっています。
一定額を超える贈与には、原則として贈与を受けた人が贈与税の申告を行う必要があります。年間の基礎控除額を超える贈与があった場合には、税務署に対して申告書を提出することになるため、その時点で贈与の事実は公的に記録されることになります。
適切に申告が行われていれば問題はありませんが、その後、相続が発生した際に税務署が相続税の調査を行う過程で、過去の贈与税申告の内容が確認されることがあります。その結果、生前贈与の存在が明らかになり、相続人である兄弟に知られるケースも少なくありません。
また、贈与税の申告を行っていなかった場合には、税務署による税務調査が行われる可能性があります。調査の中で過去の資金移動や財産の取得状況が確認され、申告漏れが指摘されることで、生前贈与の事実が発覚することもあります。このように、贈与税の申告や税務署の調査は、生前贈与が後から明らかになる大きな要因の一つとなっています。
実家や土地、建物などの不動産を生前贈与によって名義変更した場合、その情報は法務局で管理される登記簿に記載されます。不動産登記は公的な記録であり、一定の手続きを踏めば第三者であっても内容を確認することが可能です。そのため、「家族以外には知られないだろう」と考えて名義変更を行ったとしても、後から兄弟が登記簿を取得すれば、生前贈与の事実が容易に把握されてしまいます。
特に、相続が開始した後には、相続人が実家や土地の名義状況を確認することが多く、その過程で生前贈与による名義変更が発覚するケースがよく見られます。また、不動産の名義変更は金額も大きく、評価額が明確に残るため、特別受益や遺留分の問題と結びつきやすい点にも注意が必要です。
このように、不動産の生前贈与は現金などと比べて隠しにくく、後から発覚するリスクが高いという特徴があります。不動産を生前贈与の対象とする場合には、将来の相続トラブルを見据え、事前に専門家へ相談した上で慎重に進めることが重要です。
特別受益とは、生前に多額の贈与を受けた相続人がいる場合に、その贈与額を相続財産に持ち戻して計算する制度です(民法第903条)。相続においては、相続人全員が公平に財産を分けることが基本的な考え方となるため、特定の相続人だけが生前に多くの財産を受け取っていた場合、その影響を無視することはできません。
この制度は、生前贈与によって相続人間の実質的な不公平が生じることを防ぐために設けられています。例えば、親から長男だけが多額の金銭援助や不動産の贈与を受けていた場合、そのまま相続を行うと、他の兄弟姉妹が不利になる可能性があります。そこで、特別受益としてその贈与額を相続財産に加算し、法定相続分を基準に再計算する仕組みが用いられます。
もっとも、どの生前贈与が特別受益に該当するかは一律に決まるものではなく、贈与の金額や内容、行われた時期、被相続人の意思、家族間の関係性など、さまざまな事情を総合的に考慮して判断されます。そのため、特別受益に当たるかどうかを巡って、相続人同士で意見が対立し、トラブルに発展するケースも少なくありません。
特別受益に該当するかどうかは、一つの基準だけで機械的に判断されるものではありません。贈与の金額が多額であるかどうかはもちろん重要な要素ですが、それだけで直ちに特別受益と判断されるわけではありません。贈与が行われた時期や頻度、どのような目的で贈与されたのかといった点も考慮されます。
また、被相続人である親の意思も重要な判断材料となります。例えば、「将来の相続分の前渡し」として贈与が行われたのか、それとも「生活費や学費の援助」としての性質が強いのかによって、評価は大きく異なります。さらに、兄弟姉妹の人数や家族関係、他の相続人とのバランスなども踏まえて、個別具体的に判断されることになります。
このように、特別受益に該当するかの判断は専門的で複雑な側面があるため、当事者だけで結論を出すことは難しい場合が多く、実務上は弁護士などの専門家の意見を踏まえて整理されるケースが少なくありません。
生前贈与によって相続財産が大きく減少し、その結果として遺留分が侵害された場合には、遺留分侵害額請求が行われる可能性があります。遺留分は、一定の相続人に法律上保障された最低限の相続分であり、生前贈与によっても完全に奪うことはできません(民法第1042条)。
相続開始後、遺留分を有する相続人が侵害の事実を知った時から一定期間内であれば、贈与を受けた人に対して金銭の支払いを求めることができます。この請求は、贈与そのものを無効にするものではありませんが、結果として多額の金銭負担が生じることもあります(民法第1046条)。そのため、生前贈与を行う際には、遺留分侵害のリスクについても十分に理解しておくことが重要です。
有効に成立した生前贈与は、贈与者と受け取る人との合意によって成立する契約であるため、原則として、他の兄弟が一方的に取り消すことはできません(民法第549条、第550条)。たとえ、相続の場面で「不公平だ」「納得できない」と感じたとしても、それだけで生前贈与が無効になったり、直ちに返還義務が生じたりするわけではありません。
もっとも、相続開始後に特別受益や遺留分侵害が問題となる場合には、その生前贈与の内容が遺産分割の中で考慮されることがあります。この場合でも、贈与そのものが否定されるのではなく、相続人間の公平を図る目的で、金銭の支払いなどによる調整が行われるのが一般的です。そのため、「返せ」と言われた場合には、感情的に対応するのではなく、法的にどのような位置づけになるのかを冷静に確認することが重要となります。
生前贈与を巡って兄弟間の意見が対立した場合、特別受益や遺留分侵害の有無が争点となり、遺産分割協議だけでは解決できず、家庭裁判所での調停に発展するケースがあります。調停では、各相続人の主張や提出された資料を踏まえ、裁判所が中立的な立場から話し合いを進めますが、それでも合意に至らない場合には、最終的に訴訟へ移行することもあります。
調停や訴訟に進むと、過去の生前贈与の内容や金額、贈与が行われた時期、被相続人の意思などについて、詳細な主張立証が求められます。その結果、解決までに長い時間がかかるだけでなく、精神的・経済的な負担が大きくなる点も無視できません。このような事態を避けるためにも、生前贈与の段階から将来の紛争を見据えた対応が重要となります。
生前贈与を巡るトラブルを防ぐためには、贈与の趣旨や内容を明確にしておくことが不可欠です。具体的には、なぜその贈与を行ったのか、相続分の前渡しなのか、それとも特別な援助なのかといった点を整理し、書面として残しておくことが有効です。
あわせて、被相続人の意思を明確に示すために遺言書を作成しておくことで、相続開始後の無用な誤解や争いを防ぎやすくなります。さらに、生前贈与の段階から弁護士などの専門家に相談し、法的な観点で問題が生じないかを確認しながら進めることで、兄弟間のトラブルを未然に防ぐ可能性が高まります。
生前贈与を行う際に特に注意が必要なのが、贈与税および相続税の問題です。贈与税には年間の基礎控除額が定められており、この金額を超える贈与を行った場合には、贈与を受けた人が税務署へ申告し、贈与税を納める必要があります。申告漏れや計算ミスがあると、後から税務署による税務調査の対象となり、追徴課税や加算税が課される可能性もあります。
また、生前贈与は相続税とも密接に関係しています。贈与の時期や内容によっては、相続開始後に相続財産へ加算して計算される場合もあり、当初想定していた節税効果が得られないこともあります。そのため、目先の税金だけで判断するのではなく、相続まで含めた長期的な視点で税金を検討することが重要です。
生前贈与を巡るトラブルを防ぐためには、被相続人の意思をできる限り明確な形で残しておくことが欠かせません。口頭での説明だけでは、相続開始後に内容を巡って兄弟間で認識の違いが生じやすく、争いの原因となることがあります。
そのため、生前贈与の趣旨や理由を記載した書面を作成しておくことや、あわせて遺言書を残しておくことが有効な対策となります。遺言書によって被相続人の考えが明確に示されていれば、相続人間の無用な誤解や不公平感を和らげ、円滑な遺産分割につながりやすくなります。
生前贈与は、法律と税務の双方にまたがる制度であり、どちらか一方だけの知識では十分とは言えません。特に、相続制度の理論と実務に精通した弁護士に相談することで、特別受益や遺留分といった相続上の問題点を整理し、将来トラブルが生じる可能性を事前に検討することができます。
また、相続制度の理論と実務に精通した弁護士であれば、相続に関する税務にも詳しいため、贈与税や相続税の具体的な計算、申告手続き、節税の可否などについて専門的な助言を受けることが可能です。専門家のサポートを受けながら進めることで、生前贈与と相続をより安全かつ確実に進めることができ、結果として家族全体にとって納得のいく形を実現しやすくなります。
本記事では、生前贈与が兄弟にバレる理由や相続トラブルへの対策を中心に解説しましたが、実際の相談現場では「相続放棄をした場合はどうなるのか」「信託や事業承継、養子縁組を利用した方法は使えるのか」といった質問も多く寄せられます。これらはケースごとに適用可否や費用、手続きの流れが異なるため、一般的な知識だけで判断するのは危険です。
法律事務所のサイトでは、こうした制度の概要や事例を一覧で紹介し、必要に応じて弁護士・税理士へ依頼できるサービスを案内していることが多くあります。初回無料の相談や電話での問い合わせを利用すれば、自分に合った解決方法やおすすめの進め方を知ることができます。分からない点や不安があれば、一人で悩まず、専門家に相談することが大切です。
このコラムの監修者

福田法律事務所
福田 大祐弁護士(兵庫県弁護士会)
神戸市市出身。福田法律事務所の代表弁護士を務める。トラブルを抱える依頼者に寄り添い、その精神的負担を軽減することを究極の目的としている。
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