遺言書を隠すと相続権を失う?―遺言書隠匿と相続欠格―
遺言書は、亡くなった方が「自分の財産を誰に引き継ぎたいか」「家族にどうしてほしいか」という最後の願いを伝える、とても大切な文書です。この書類には、誰がどのくらいの財産をもらうか、誰を子供として認知するかといったことを決める、非常に強力な効果があります 。
それゆえに、自分にとって不利になる内容の遺言書を偶然見つけてしまった相続人が、「これさえなければ……」という思いから、つい遺言書を隠してしまうという事態が起こりえます。
では、もし遺言書を隠してしまったら、その相続人はどうなってしまうのでしょうか? また、どうなると「隠した」とみなされるのか、どうやってその責任を追及すればよいのかについて、やさしく解説していきます 。
目次
遺言書を隠すとどうなるのか
遺言書を隠す行為について、民法では厳しいルールが決められています。
民法891条(相続人の欠格事由)
次に掲げる者は、相続人となることができない。(1~4号省略)
5 相続に関する被相続人の遺言書を偽造し、変造し、破棄し、又は隠匿した者
民法891条は、相続人の欠格事由について定めた条文であり、悪いことをした相続人から「相続人としての資格」を剥奪するためのものです。ここで挙げられている「隠匿(いんとく)」、つまり隠し通すことも、その相続欠格の対象となります。
もしこれに当てはまると判断されると、法律上は「最初から相続人ではなかった」という扱いになり、遺産を受け取る権利をすべて失うことになります。
法律がこれほど厳しいのは、遺言が亡くなった方の「最後のメッセージ」であり、その意思を何よりも尊重しており、そこに不正な方法により介入することを固く禁じているからです。
隠匿の効果に関する注意点
遺言を隠匿した相続人が相続欠格者となり、相続人の資格を失っても、その欠格の効力が及ぶのは本人だけです。欠格となった相続人に子がいる場合は、その子が代襲相続人となる点には注意が必要です(民法887条2項)。
例えば、長男・次男・三男の3名の相続人がいて、次男が遺言を隠匿して相続失格になった場合を考えます。
次男に子がいなければ、長男と三男の二人で相続することになりますが、次男に子がいれば、その子が相続欠格となった次男の代わりに遺産分割に参加する結果、次男が相続欠格となっても長男・三男の法定相続分は変わりません。
ここを誤解されている方も多いので注意が必要です。
警察が動く可能性は?
遺言書を隠すことは、犯罪(私用文書等毀棄罪)でもあります。
親族同士の争いが激しい場合、実際に警察の捜査対象になる可能性はありますが、基本的に警察は民事不介入の方針があるので、積極的に動くことはありません。
「隠匿した」と判断される基準とは
では、具体的にどんな行動が「隠匿」にあたるのでしょうか。
これまでの裁判例を分析していくと、主に次の4つのポイントが重要になると考えられています。
① 遺言書があることを知っていたか
② その遺言書を自分の管理下に置いていたか
③ わざと隠そうとしたか(故意)
④ 不当な利益を得る目的があったか
このうち、①と②については、遺言の存在を認識しておらず、また、自分の支配下にない遺言書を隠匿することはできませんから、当然といえます。
③は、「意図的に隠した」といえる必要がある、ということです。
他の相続人から「遺言書はないの?」と聞かれても知らんぷりをしたり、家庭裁判所での手続き(検認)が必要だと知りながら黙って持ち続けたりする場合は、意図的に隠したといってよいでしょう。
④ は、「遺言書をなかったことにして、遺言通りの分け前よりもたくさんもらおう」といった不当な目的がある場合です。
逆に、対象となった書が自分にとって有利な内容だったなら、わざわざ隠して損をする必要がないため、この「悪い目的」はないと判断されやすくなります。
遺言書の「隠匿」があったかどうかが争われたときは、この①~④のすべての基準を満たす事実があるかどうかで、「隠匿」の有無が判断されることとなります。
具体的事例(裁判例)
実際に、どのようなケースで「隠匿」が認められ、あるいは否定されたのか、代表的な裁判例をご紹介します。
東京高裁昭和45年3月17日判決 【隠匿が認められたケース】
亡くなった方が「全財産を長男に譲る」という内容の遺言書を長男に預けていた事案です。
長男は、遺言書を持っていることを他の相続人に隠し続け、遺産を分けようという呼びかけにも応じませんでした。
さらに、他の家族に内緒で相続放棄の期限を延長する手続きをするなどして、全員に相続を諦めさせ、自分一人で独占しようと動いていました。
最終的に、相続税の問題を契機として長男は弁護士に相談するようになり、被相続人の死亡から二年以上経過した後に初めて遺言書の検認を申し立て、他の相続人にその存在が明らかになりました。
裁判所は、他の相続人から抗議を受けたり、遺留分(最低限の取り分)の請求を受けたりすることを恐れて長期間遺言を隠していたこと、そして財産を独占しようとした意図があったことを重く見て、「隠匿」にあたると判断し、長男は相続する資格を失いました。
最高裁平成6年12月16日判決【隠匿が認められなかったケース】
公証役場で作成された公正証書遺言を、二男が持っていたケースです。
二男は、相続開始後すぐに他の家族に遺言の存在を伝えず、それが「遺言の隠匿」に当たるとして欠格となるかが争われました。
しかし最高裁、①遺言の原本が公証役場にあるので、誰でも調べようと思えば調べられた、②遺言者の配偶者は遺言が作成されたことを知っていた、③遺言作成に立ち会った証人が、遺言執行者に指定されていた、④次男が一部の相続人には公正証書遺言の内容を話していた、といった事情を考慮しました。
結果として、次男が他の家族に対して遺言書の存在を積極的に告げなかったとしても、遺言書の存在が客観的に発見できない状況に置かれていたとはいえず、遺言書の発見を妨げたものとは評価できないとされ、二男の相続資格は否定されませんでした 。
最高裁平成9年1月28日判決【「不当な利益を得る目的」がないとされたケース】
遺言書をすぐに出さなかったことは事実ですが、それが「相続で不当な利益を得る」目的ではなかった事案です。
最高裁は、相続欠格となる「遺言の隠匿」には、単に隠したという事実だけでなく、「相続で不当な利益を得る目的」が必要だというルールを明確に示しました。
このケースでは、会社や借金の整理などで現場が混乱しており、わざと相続を有利に進めて不当な利益を得る目的のために隠したとは言えないとして、相続欠格には当たらないと結論づけました。
これらの裁判例からわかるのは、ただ「持っていた」だけでは相続欠格にはならず、あくまで「相続において不当な利益を得るような目的があったか」が重要な分かれ目になるということです 。
遺言書の「隠匿」を追及する手続き
もし「他の相続人が遺言書を隠しているかもしれない」と思ったら、どう動けばよいでしょうか 。
実は、遺言による相続欠格の有無だけを決定するような手続はありません。
もっとも、調停で遺言の存在が明らかにならない場合や、相手方が遺言書の隠匿の事実を否定する場合には、調停は不成立となり、この点の判断は民事訴訟に委ねざるを得ません。
訴訟の段階では、遺言書を隠したとされる相続人について、民法891条5号の「遺言書の隠匿」に該当するかが争点となります。具体的には、前記の①~④の判断基準に当てはまる事実を、証拠に基づいて主張立証していくことになります。
もし裁判所が遺言書の隠匿を認めれば、その相続人は相続欠格となり、相続人としての資格を失います。その結果、遺産分割はその者を除いて行われることになります。
このように、遺言書隠匿の問題は、独立した申立てというよりも、遺産分割調停・審判や相続関係訴訟の中で、相続欠格の有無として争われるのが実務上の基本的な流れです。
「隠したこと」を証明する難しさ
ここまで見てきた通り、遺言の隠匿を追及するにはハードルがあります。裁判所は、相続権という大きな権利を奪うことに対して、非常に慎重な判断を下すからです。
特に「隠す」という行為は家の中で密かに行われることが多いため、決定的な証拠がないことがほとんどです。
単に知識がなくて出さなかっただけという可能性もあるため、相手の「不当に利益を得る目的」を証明するのは簡単ではありません。
もし、「遺言を隠されるかもしれない」という不安や、逆に「身に覚えがないのに隠したと疑われている」というお悩みがあれば、まずは一度、専門家にご相談ください。
このコラムの監修者

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弁護士法人紫苑法律事務所
福田 大祐弁護士(兵庫県弁護士会)
神戸市市出身。弁護士法人紫苑法律事務所の代表弁護士を務める。トラブルを抱える依頼者に寄り添い、その精神的負担を軽減することを究極の目的としている。


