親の介護がからむ遺産分割の問題点
目次
はじめに
遺産分割は、亡くなった時に残された財産を、相続人の間で協議により分割するのが基本です。
それだけなら難しくないように思えますが、これを一気に複雑にするのが親の介護の問題です。
親が高齢になり介護が必要になったとき、相続人が介護の負担を均等にしていて、兄弟間になんの不満もないケースというのは実は少ないと思います。
どうしても、特定の兄弟に介護の負担が偏ることが多いでしょう。
当事務所の経験から言っても、このような介護を受けていた親の相続でもめることが実はとても多いのです。
なぜ、親の介護がからむと問題が難しくなるのか、その背景を考えてみたいと思います。
介護をした相続人の不満
亡くなって初めて口出ししてくるように見える
同居しながら介護をしていた相続人は、ご飯を用意したり、トイレやお風呂を介助したり、病院に連れて行ったりと、毎日毎日忙しい中親のために尽くしてきました。
そして、その負担は何も相続人だけではなく、程度の差はあれ相続人の配偶者や子供も一緒に負っていたのです。
その間、他の兄弟はというと、たまには親のもとに顔を出すことはあっても、一緒に住んでいない分どうしても日常のこまごました介護を負担することはできません。
また、親に何を食べさせるか、どこに連れ出すか、どこの病院でどんな治療を受けさせるかといったことについて、普段の生活を見ていない分他の兄弟が言えることは少なく、特に口を出してくることはありません。
これを介護している相続人側から見ると、他の兄弟は介護に関心がなく丸投げしているように見えるのです。
しかし、相続が開始したあとは、親のお金をどういう介護に使っていたかについて、他の兄弟たちが根ほり葉ほり質問してくるようになります。
たとえその質問に悪意がなく、単に確認してくるだけであったとしても、です。
生前介護をしていた相続人から見れば、生きている間介護を丸投げしていた兄弟たちが、亡くなった途端に介護のこと(特に介護のお金の使途)をきいてくるようになるわけですから、他の兄弟は介護の苦労は全く共有せずに、親のお金にだけ関心があるように見えてしまうのです。
目に見えないコストが発生している
親の介護をしている相続人は、日々細々と親のための支出をしています。
それは日用品であったり交通費であったりするわけですが、それを全部親がきっちり支払っていれば問題は生じません。
しかし親と同居していれば、親の分だけきれいに切り分けていちいち集計することは現実的には不可能ですので、同居している相続人は親の生活費の一部を負担しているのが実態です。
これは一つ一つはごく少額でも、それが毎日、数年にわたって積み重なれば、相当な金額になりえます。
そして、そのような介護生活が何年も続いて親が亡くなったとしても、親のために負担した生活費の負担を他の兄弟に求めることは不可能です。
なぜなら、それが一体いくらなのか、後になれば確かめようがないからです。
そうしたときに、親の介護のために時間だけでなく金銭を費やした相続人の不満が爆発するのです。
介護によって相続分はたいして増えない
被相続人の財産の維持又は増加に貢献した金額のことを「寄与分」といいます。寄与分が認められれば、法定相続分が修正されます。
寄与分があるときの相続分は、(遺産の額 − 寄与分)× 法定相続分 + 寄与分の額で計算するので、ここで公平に負担が調整されるように見えます。
しかし、寄与分とは、被相続人の財産の維持や増加に特別の貢献をした相続人がいる場合の制度です。
介護で寄与分が認められるケースとしては、介護によって入院費用や付添看護の費用などを不要にさせた場合や、扶養義務の程度を超えて生活費等の支出を免れさせた場合、被相続人の財産を代わりに管理したり家業をフォローしたりして、支払いを免れさせた場合などがあります。
ここでポイントとなるのは、①扶養義務の範囲を超えているかどうか、②被相続人の財産の増加もしくは維持に寄与したかどうかです。
介護をしていた場合でも、それが、財産の維持増加についての特別の貢献があったと認められなくては寄与分は認められません。
普通に親の面倒を見ていただけでは、扶養義務の範囲を超えた特別の貢献とは判断されないのが普通です。
そうすると、長年にわたって親の介護をしてきた相続人は、相続分においては全く親の面倒を見なかった他の兄弟と全く同じと判断されてしまうのです。
介護をしていない相続人の不満
次に、介護をしていなかった相続人から、相続時に不満がでることがあります。
親の状況を教えてもらえなかった
親と同居していない兄弟でも、親が健康にしているのか、ちゃんと生活できているのかなどは、やはり子どもとして心配になるものです。
しかし、親と同居している相続人は、日々の世話に忙しく、また普段あまり訪ねてこない他の兄弟への反発からか、他の兄弟に親の現況を知らせないことがあります。
実際に、亡くなるまで入院していることを知らなかった、などという話はよく聞きます。
極端な事例では、亡くなって四十九日の法要を済ませてから連絡が来たとか、亡くなって数年経ってから偶然亡くなっていたことを知ったというケースもあります。
こうなると遺産云々の前に、親の死に目に会わせなかった相続人に対してマイナスの感情を持つことになります。
また、親の状況を知らせなかったは何かやましいことをしていたのではないか、その間に何かを画策していたのではないかなどと、疑心暗鬼に陥りやすくなります。
支出が適切に管理されていなかった
親の介護をしている相続人が金銭管理もしていて、親のキャッシュカードを預かって日用品などを購入していたようなケースです。
このようなケースで親の遺産が思ったより少なかった場合、他の兄弟は、親の財産が適切に管理されていたのか疑問に思います。
つまり、こんなに預金が減っているのは、介護していた相続人が必要のないことに使ったり、自分のために使ったからではないかと考えるのです。
そして親の介護をしていた相続人に生前の預金の使途を確認するのですが、なぜ今更そんなことを聞かれないといけないのか、と反発されるだけで、納得のいく回答は返ってきません。
しかし、親の財産を管理してきたならば他の兄弟に対する説明責任があるはずですし、にもかかわらず回答できないということは、やはり何かやましいところがあるのではないかと不信感を強めることになります。
一相続人にだけ有利な遺言が出てくる
同居して親の面倒を見てきた相続人に全部、あるいは遺産の大半を与える内容の遺言が残されたケースです。
遺言を作成するなら兄弟間でもめないよう、平等に分け与えるのが普通のはずです。
それが長年親の面倒を見てきたとはいえ、同居していた相続人だけに極端に手厚く財産を残そうとするでしょうか。そのような極端な遺言は、親が真意で作成するはずはないと考えます。
実際にやるかどうかはともかくとして、親と同居して面倒を見ている相続人には、他の兄弟に悟られないよう親をコントロールすることは容易です。
ですので、年老いて弱った親に無理やり書かせたのではないかとか、認知症で判断能力が弱った親を騙して作成させたのではないかとか、他の兄弟に遺言の内容に不満があるほどそのような疑いに傾きがちです。
最後に
以上見てきたように、親の介護をする相続人、介護をしない他の相続人、それぞれに不満を抱く心理にはポイントがあります。
このような不幸なすれ違いを避けるためには、相続開始の前から、相手が不満を抱きやすいポイントを理解して、それを意識しながら衝突をさけるよう行動することです。
たとえば、親の介護をする相続人は、なるべく親の健康状態や財産状況を他の兄弟にオープンにしておくなどが考えられます。
逆に介護をしない相続人は、節々で介護に対する感謝の気持ちを形に示すとともに、細かいお金については介護をする相続人に一任するつもりで口出ししないことが考えられます。
介護はときに、壮絶で、お金や労力がかかるものです。それは仕方がありませんが、介護をきっかけとした不幸な相続が少しでも減るために、本記事が少しでも参考になればよいなと思います。
このコラムの監修者
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福田法律事務所
福田 大祐弁護士(兵庫県弁護士会)
神戸市市出身。福田法律事務所の代表弁護士を務める。トラブルを抱える依頼者に寄り添い、その精神的負担を軽減することを究極の目的としている。