相続を放棄したい
目次
相続放棄とは
相続放棄とは、亡くなった人(被相続人)を相続する相続人の立場を、自らの意思によって放棄することです。
よくある誤解として、「自分は遺産はいらない」と他の相続人に言ったので、それで相続放棄できたと考えてしまうことがあります。しかし、相続放棄は口頭でできるものではありません。少なくとも、そのような放棄の仕方は法的に意味があるものにはなりません。
第938条(相続の放棄の方式)
相続の放棄をしようとする者は、その旨を家庭裁判所に申述しなければならない。
このように相続を放棄したい場合は、家庭裁判所に対して相続放棄の申述を行う必要があります。
相続放棄の申述は、被相続人の最後の住所を管轄する家庭裁判所に対して、相続放棄の申述書を提出する方法で行います。
相続放棄する前に考えるべきこと
相続放棄をする前に、よく考えていただきたいことがあります。まず、なぜ相続を放棄しようと考えているのでしょうか。経験上、相続放棄したいという方の動機は大きく2つに分かれます。
ひとつは相続することに経済上のデメリットがある場合、もうひとつは精神的なデメリット(負担)がある場合です。
具体的に言うと、前者は財産より負債の方が大きい場合、後者は関わり合いを持ちたくないあるいは持つのが面倒な場合です。
負債が大きい場合
負債の方が大きい、あるいは負債がいくらあるか不明で怖いから相続放棄したいという方は、まずは亡くなった方の財産と負債がどれくらいあるが、具体的に調査するところから初めてみてはいかがでしょうか。
亡くなった方との関係性が疎遠であるほど、財産状況について把握できていないのが一般的です。よく調べてみれば思ったより財産があったというケースが、これまでいくつもありました。もちろんその逆に、思わぬ負債が見つかったケースもありました。
関わり合いを持ちたくない場合
財産・負債の状況に関わらず、他の相続人と関わり合いを持ちたくないから相続放棄したいという場合、自分の相続放棄によって他の相続人に影響が出ないかを考える必要があります。
例えばこういうケースを考えます。
A、B、Cの3兄弟のうち、AとBとは仲が良く、CはABとは不仲だった。既に兄弟の両親は亡く、Aには配偶者がいたが子どもはなかった。この状況でAが亡くなった。
法定相続分:Aの配偶者4分の3、B8分の1、C8分の1
この場合、BがCとの関わりを持ちたくないために相続放棄をすると、Cの法定相続分は4分の1となり、本来Bが受けるべき相続分はCが取得したと同じことになってしまいます。Bとしては、Cとの関りは持ちたくないとしても、できれば仲の良かったAの配偶者に多く受け取ってほしいと考えるのが自然ではないでしょうか。
こういった場合は、相続放棄ではなくAの配偶者に対する相続分の譲渡をすべきです。そうすれば、Aの配偶者が8分の7、Cが8分の1の法定相続分となり、かつCとの関りを避けることができます。
このように、影響の少ない他の方法で同じ目的を達成できることもありますので、相続放棄の前に検討すべきと考えます。
相続放棄前にしてはいけないこと
熟慮期間を経過してしまう
相続放棄できる期間には制限があります。「自己のために相続の開始があったことを知ったとき」から3ヶ月以内です。
この3か月の期間を、熟慮期間といいます。3か月は短いですが、この間に被相続人の財産状況を確認して相続するか、相続放棄するかを決めなければなりません。
もしこの熟慮期間を経過してしまうと、原則として相続放棄ができなくなります。ですので、相続放棄するならこの期間を経過しないようにする必要があります。
この点、3か月では被相続人の財産について十分な調査ができない事情がある場合には、相続放棄の熟慮期間の延長を家庭裁判所に申し立てることができます。他の相続人との間で紛争があり、相続財産を明らかにしてもらえない、という理由でも期間延長は認められます。
相続財産を処分してしまう
相続放棄をすると決めたなら、相続財産を処分してはいけません。相続財産を処分してしまうと、単純承認したとみなされます。これを法定単純承認といいます(民法921条1号)。
単純承認すると、相続放棄できなくなります。
相続放棄後にすべきこと
相続放棄の申述受理証明書の取得
有効に相続放棄ができたことを証明するものは、相続放棄の申述受理証明書です。これは相続放棄の申述をした家庭裁判所に申請すれば発行してもらうことができます。
例えば、亡くなった方の債権者から支払を督促されたとき、この証明書があれば簡単に支払いを拒絶できます。ですので、相続放棄の手続が終わったら、最後に相続放棄の申述受理証明書を取得しておくことをお勧めします。
相続財産の管理と引継ぎ
相続を放棄したとしても、それまで管理していた遺産は他の相続人に引き継ぐまでは継続して管理する必要があります。
第940条(相続の放棄をした者による管理)
1.相続の放棄をした者は、その放棄によって相続人となった者が相続財産の管理を始め ることができるまで、自己の財産におけるのと同一の注意をもって、その財産の管理を 継続しなければならない。
「自己の財産におけるのと同一の注意をもって」とは、要するに自分の財産と同等に管理する必要があるということです。
他の相続人、次順位相続人への連絡相続を放棄すると、遡ってはじめから相続人ではなかったことになります(民法939条)。したがって、ある相続人が相続放棄すると、同順位の相続人(親の相続に関して、他の兄弟など)の法定相続分の計算が変わってきます。
また、本来相続人になるはずのなかった人が、相続放棄を契機として新たに相続人になることになります。
たとえば、被相続人に子がいる場合、被相続人の親は相続人になりませんが、その子が相続放棄をすると、親は新たに相続人になります。ですので、相続放棄をした人は、他の相続人、また新たに相続人となる人に対して相続放棄したことを連絡してあげるのが親切でしょう。
相続財産管理人の選任
もし、自分が相続放棄することによって、相続人が誰もいなくなってしまった場合、相続財産の管理を引き継ぐ人がいなくなります。これはケースバイケースですが、場合によっては、相続財産管理人の選任を家庭裁判所に申し立てる必要があります。
このコラムの監修者
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福田法律事務所
福田 大祐弁護士(兵庫県弁護士会)
神戸市市出身。福田法律事務所の代表弁護士を務める。トラブルを抱える依頼者に寄り添い、その精神的負担を軽減することを究極の目的としている。